感染症研究部このページを印刷する - 感染症研究部

部門紹介


感染症研究部長 露口一成
 感染症研究部は、結核・非結核性抗酸菌症・肺真菌症などを中心とした呼吸器感染症についての基礎的、臨床的研究を行っている。
 当院は、東京の複十字病院とともに、国内で2カ所のみの結核医療の高度専門施設に指定されており、西日本における結核医療の中心的施設となっている。
 60床の結核病床を有しており、うち10床は陰圧空調施設を備えた個室病床で多剤耐性結核患者の診療に対応している。
 また、鈴木統括診療部長は日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会委員長であり、非結核性抗酸菌症の診療においても当院は指導的立場にある。
 感染症研究部では、抗酸菌に対するVNTRやPFGE分析などの分子タイピング、pyrosequencingなどの分子遺伝学的手法による菌種同定、一般的な薬剤
以外の薬剤に対する感受性検査など、さまざまな解析を行っている。
 豊富な症例をもち、かつ詳細な微生物学的検討をも行えるのが強みであり、
呼吸器感染症臨床の発展に寄与する研究成果を挙げることを目標としている。

活動状況

1. 結核菌の分子タイピング

当院では、分離した結核菌株に対して日常的に分子タイピングを行っている。
以前はRFLP解析を行っていたが、現在ではより簡便に施行できデータベース化が容易なVNTR解析を行っている。
現在では結核の疫学的解析に分子タイピングは欠かせないものとなっている。当院での主な成果は次の通りである。

1) 多剤耐性結核の分子疫学的検討
 我々は多剤耐性結核菌による院内集団感染事例を経験した。
 分子タイピングにより、この事例では感受性結核治療中の患者に多剤耐性結核菌が再感染して発病したことが確認できた。
 これは、多剤耐性結核菌は毒力が弱いという従来のドグマを打ち破るものであり、大きなインパクトを与えた。
 多剤耐性結核患者は陰圧個室への収容を必要とするとの原則の確立にもつながっている。
 さらに我々は、当院で保存された全多剤耐性結核菌株に対してタイピングを行い、同時期の感受性株とクラスター形成率がほぼ同等であることを示した。
 これは、多剤耐性株の毒力が決して感受性株に劣るものではないことを示している。

2) 潜在性結核感染治療によるINH耐性誘導のリスク
 今後結核罹患率をさらに減らしてゆくためにはより積極的に潜在性結核感染治療を行っていくことが不可欠であるが、INH単剤により耐性が誘導されるのではないかとの懸念がつきまとう。
 我々は、潜在性結核感染治療治療後に発症した結核患者について、分離された菌株と、感染源患者の菌株とをタイピングして比較した。
 全例でパターンが一致し感染が確認されたが、その一部でINH耐性がみられた。
 すなわち、潜在性結核感染治療による耐性誘導があり得ることが示された。

2. 結核菌の薬剤耐性遺伝子検査の臨床応用

 結核菌の薬剤耐性メカニズムについてはかなり解明されており、特にRFP耐性はほぼrpoB遺伝子の変異で説明されることが判明しており、変異を分子遺伝学的手法により検出して迅速にRFP感受性を調べる方法も実用化されつつある。
 当院では、入院結核患者全員に対して喀痰によるrpoB遺伝子検査を行い迅速にRFP感受性を確認することとしている。 
 RFP耐性結核の大部分は多剤耐性結核であるため、多剤耐性結核の迅速なスクリーニング法として本法は適しており、多剤耐性結核患者の迅速な隔離を行うことができ院内感染対策上有用である。
 また、当院での検討により、rpoB遺伝子のある特定の変異パターンを示す菌株では、RFPが耐性となるにもかかわらずRBTに対するMICが良好であることを示した。 
 このことは、多剤耐性結核の一部でRBTが有効である可能性を示したものであり、多剤耐性結核治療を考えるうえで有益な知見である。

3. 多剤耐性結核に対する新規抗結核薬の治験

 当院は多数の多剤耐性結核患者を受け入れている施設であり、新規抗結核薬の治験を行える数少ない施設である。
 大塚製薬の開発したデラマニドの治験にも複十字病院とともに参加した。
 この治験でその優れた効果が確認され、まもなくわが国においても認可、販売される予定である。

4. 肺MAC症に関する臨床的検討

 肺MAC症はもっとも多い非結核性抗酸菌症であるが、有効な治療薬に乏しく、治療適応の選択や適切な治療期間、手術適応など、その治療法については未だ定まっていない部分が大きい。
 我々は、肺MAC症に対する化学療法・外科療法についての前向き検討を、NHOネットワーク研究による多施設共同研究として行っている。

5. 肺M. kansasii症の臨床的検討

 当院は、年間50例程度のM. kansasii症を経験する本邦随一の施設である。  以前より地域集積性が指摘されており、感染ルートの解明が期待されていた。  我々は当院保存株に対してhsp65-PRA、ITS、PFGE、RFLPによるタイピングを行い検討した。  hsp65-PRAによりM. kansasiiは5種類に分類されるが、当院保存株のほとんどはI型であった。  感染動態を検討するだけの十分な分子疫学的データを得ることはできなかった。  さらに分解能の高い手法が必要であると考えられ、現在検討中である。

6. M. abscessusとM. massilienseの鑑別法の開発

 従来M. abscessus症はきわめて予後の悪い非結核性抗酸菌症とされてきたが、近年M. abscessusが分子遺伝学的に狭義のM. abscessusとM. massilienseに分類でき、M. massiliense症はM. abscessus症に比べて予後が良好であることが報告された。
 この知見はM. abscessus症の治療戦略を考えるうえで有用であるが、現在一般に行われているDDH法などの菌種同定法ではこの2菌種の区別は不可能である。
 我々は、マクロライド感受性に関わるerm (41) 遺伝子のpyrosequence法により2菌種を同定する方法を開発した。
 当院保存の55菌株についてこの方法による同定を行ったところ、標準法である16S rRNA、hsp65、rpoB、16S-23S ITS領域による同定結果と完全に一致した。
 今後当院におけるM. abscessus症診療においては、この方法による菌種同定を行い臨床経過の検討を行っていく予定である。