悪性胸膜中皮腫

悪性胸膜中皮腫とは?(概要と病因)

悪性中皮腫は中皮細胞が悪性化した腫瘍性疾患です。
胸膜(80~85%)に主に発生しますが、他にも腹膜(10~15%)、心膜、精巣鞘膜にも発生することが知られています。
病気の原因としては、多くの場合アスベスト(石綿)が関与していることが知られており、曝露後20から40年を経て発症する(診断時年齢の中央値72歳)ことが多いと言われています。
その他リンパ腫に対する放射線治療方法の一つであるマントル照射という放射線照射の後に、年月を経て発生する例の報告があります。
しかしながら、アスベスト曝露歴が全くない方の発病も稀ながらあります。
ちなみに、喫煙は中皮腫の危険因子とはされていませんが、アスベスト曝露歴のある喫煙者では肺癌のリスクが高くなることが知られており、さらに喫煙は治療の妨げになるため、禁煙は励行されるべきと考えています。

 

中皮腫の病型について

中皮腫の組織型には、上皮型(約60%)、肉腫型(約20%)および混合型、二相型(約20%)があります。
上皮型の患者では、混合型(二相型)および肉腫型の患者と比べて、治療成績は良好とされています。

 

診断

中皮腫の正確な診断にはある程度の大きさの腫瘍組織の塊が必要とされ、さらに病理医にとっても診断が難しい腫瘍とされています。
検査に長期間をかけることにより治療の機会を逸することがないよう、原則は全身麻酔下胸腔鏡を用いた外科的胸膜生検を早期に行うことを前提に検査計画をたてております。
各病理・細胞診検査の診断率は下記といわれています。

  診断率 推奨度 侵襲性 その他
胸水細胞診 33~84% 肉腫型では腫瘍細胞が検出されることはほとんどない
経皮的胸膜生検 21%  
胸腔鏡下胸膜生検 28%2)  
全身麻酔下胸膜生検 98%  


検査と鑑別

悪性胸膜疾患と良性胸膜疾患(線維性胸膜肥厚など)、悪性胸膜中皮腫とその他の悪性腫瘍(転移性腺癌、肉腫、その他の腫瘍の胸膜転移など)を鑑別することは時に難しいことがあります。

当院では、一般的に下記の検査を行っております。
多数の専門家による検討の上、ようやく診断がつくことがあります。

胸水が貯留する場合や胸膜の肥厚を繰り返す場合では悪性胸膜中皮腫を疑います。

● 胸水

胸水ヒアルロン酸(※)という腫瘍マーカー(※)を参考にすることが多く、胸水ヒアルロン酸の値が高いと胸膜中皮腫の可能性があります。
胸水CYFRA(※)の上昇を認めることが多いですがCEA(※)の上昇はないとされています。

※ CEA, CYFRA, 胸水ヒアルロン酸:腫瘍マーカーの種類
※ 腫瘍マーカー:
  がんに特徴的な物質を産生するものがあります。
  そのような物質のうち、体液中(主として血液中)で測定可能なものがいわゆる
  「腫瘍マーカー」とされ、臨床検査の場で使われています。

● 病理

検体の組織学的診断、免疫組織学的染色(陽性と陰性)(※)を組み合わせて、確定診断を行います。
上皮型ではカルレチニン、WT-1、D2-40、トロンボモジュリンといったマーカーなどが陽性で、肺腺癌との鑑別でCEA、TTF-1は陰性となります。
肉腫型ではCAM5.2、AE1/AE3、などといったマーカーが陽性となり、各肉腫で陽性となるデスミン、CD34、s-100pなどは陰性となります。

※ 免疫組織学的染色:
  特定の抗原に結合する抗体との抗原抗体反応を利用して、抗原物質の局在やそれを発現
  する細胞要素を可視化する組織化学法を指します。
  上記のカルレチニン、WT-1、D2-40、トロンボモジュリン、CEA、TTF-1、
  AM5.2、AE1/AE3、デスミン、CD34、s-100pなどはこの免疫染色の種類です。

● 胸部レントゲン

胸水の貯留や不整な胸膜肥厚を認めます。

● 胸部CT

臨床病期の決定に用いています。
胸膜の肥厚、葉間(肺と肺の間の胸膜)胸膜の肥厚、多発胸膜結節・腫瘤影、胸郭の縮小、胸水の貯留を認めます。

● 胸部MRI

横隔膜への浸潤、胸壁への浸潤を見るのに有用です。

● PET-CT

胸膜生検時の採取部位の参考としています。また同時に、遠隔転移、再発・治療効果判定に有用な方法であり、臨床病期の決定にも用いています。
しかしながら、胸膜の肥厚が5㎜未満では偽陰性となる可能性があります。

病期分類について下記に示します。

<病期分類>
 International Mesothelioma Interest Group(IMIG)のTNM分類に従って行います。

T 原発腫瘍
TX 原発腫瘍の評価が不可能である
T0 原発腫瘍を認めない
T1 腫瘍が同側の壁側胸膜に限局している(縦隔胸膜や横隔胸膜の腫瘍の有無は問わない)
T1a 臓側胸膜に腫瘍を認めない
T1b 臓側胸膜にも腫瘍を認める
T2 腫瘍が同側の各胸膜面(壁側、縦隔、横隔及び臓側胸膜)にあり、かつ次の条件の一方または両方に該当する
- 腫瘍が横隔膜筋層に浸潤している
- 腫瘍が臓側胸膜直下の肺実質まで進展している
T3 局所的に進行しているが、切除可能な腫瘍と考えられる。腫瘍が同側胸膜のすべての面(壁側、縦隔、横隔および臓側胸膜)に浸潤しており、かつ次の条件の1つまたは複数に該当する
- 胸内筋膜への浸潤を認める
- 縦隔脂肪組織への浸潤を認める
- 完全に切除可能な孤在性の腫瘍巣が胸壁軟部組織まで進展している
- 心膜への非貫壁性浸潤を認める
T4 局所的に進行しており、技術的に切除不能な腫瘍である。腫瘍が胸膜のすべての表面(壁側、縦隔、横隔および臓側胸膜)に浸潤しており、かつ次の条件の1つまたは複数に該当する:
- 胸壁内に腫瘍のびまん性進展または多発性腫瘍を認める(肋骨破壊の有無は問わない)
- 腫瘍が横隔膜を越えて腹膜に直接進展している
- 腫瘍が対側胸膜に直接進展している
- 腫瘍が縦隔臓器に直接進展している
- 腫瘍が脊椎内に直接進展している
- 腫瘍が心膜の内面を越えて進展している(心嚢水貯留や臓側心膜浸潤の有無は問わない
N 所属リンパ節
NX 所属リンパ節の評価が不可能である
N0 所属リンパ節への転移を認めない
N1 同側気管支肺リンパ節または肺門リンパ節に転移を認める
N2 気管分岐部リンパ節または同側縦隔リンパ節(同側の内胸リンパ節と横隔膜周囲リンパ節を含む)に転移を認める
N3 対側縦隔リンパ節、対側内胸リンパ節、同側または対側鎖骨上窩リンパ節に転移を認める
M 遠隔転移
M0 遠隔転移を認めない
M1 遠隔転移を認める

   病期分類

ⅠA T1a N0 M0
ⅠB T1b N0 M0
T2 N0 M0
T1,2
T1,2
T3
N1
N2
N0,1,2
M0
M0
M0
T4
Tに関係なく
Tに関係なく
Nに関係なく
N3
Nに関係なく
M0
M0
M1

 

 

治療

病期診断と病型により、治療方針を決定していきます。
根治的に切除が出来ると判断される場合は、手術を検討していきます。
手術を考慮する場合は、肺機能検査、PET-CT、肺血流スキャン、心臓負荷試験といった検査を行い、安全に手術が行えるように心がけています。
手術が可能と判断される場合、集学的治療(化学療法+手術+放射線療法)が推奨されています。

集学的治療を考慮する場合の治療例

1.化学療法:シスプラチン(CDDP)(75㎎/m2)+ペメトレキセド(PEM)(500㎎/m2)3週毎を計3コース

2.手術: 胸膜切除/肺剥皮術P/D(胸膜と肉眼的腫瘍のすべてを完全に切除する、縦隔リンパ節サンプリングも行う)、および胸膜肺全摘術EPP(胸膜、肺、および同側横隔膜を多くの場合は心膜も含めて一塊として切除する)。

3.術後片側全胸郭照射: 強度変調放射線療法IMRTまたは従来の分割法による放射線療法(従来の分割法による放射線療法では総線量54Gy(1回1.8Gy、1日1回、計30回)を標準方法としています)。

切除が困難な場合や、耐術能的に手術が困難な場合は、化学療法を中心に治療方針を考えます。また、同時に症状がある場合は、その症状を積極的に取るために緩和医療を並行して行っていきます。

化学療法の治療例

○一次治療
 CDDP(75㎎/m2)+PEM(500㎎/m2)3週毎を計4-6コース または
 カルボプラチン(CBDCA)(AUC=5)+PEM(500㎎/m2)3週毎を計4-6コース
 または2剤併用での治療が難しい場合は、
 PEM(500㎎/m2) 3週毎を効果がある限り継続。
 近年では、免疫チェックポイント阻害薬の使用も日常臨床で導入されており、従来の標準療法であるシスプラチン+アリムタ療法よりも優れた結果が報告されています。
 具体的にはオプジーボ+ヤーボイ療法が保険償還されており、使用できる患者さんでは治療導入を第一優先で考えております。この治療は、従来の予後不良といわれていた肉腫型などの非上皮型でCDDP+PEMよりも治療成績がより良好なことが報告されています。

○二次治療
 一次療法でオプジーボ+ヤーボイが使用されていない場合、オプジーボの使用が第一選択で治療されます。PEMを用いた治療や免疫チェックポイント阻害薬の使用後の抗がん薬治療については、確立された化学療法はありません。以下の抗がん薬について報告があり、使用することが多います。
ゲムシダビン(GEM)、ビノレルビン(VNB)、GEM+VNB

 

緩和治療について

*胸水が貯留する場合には、呼吸困難感が増強することから、胸腔ドレナージ、胸膜癒着術を行います。

*縦隔への浸潤により食道通過障害を生じる場合があり、この場合は放射線科や消化器内科と連携して放射線治療や、食道ステント留置を検討します。

*疼痛緩和のための局所放射線治療、脳転移症例について全脳照射は病状に応じて、除痛や麻痺の予防のため、状態が許す限りは積極的に行います。

 

アスベスト(石綿)について

アスベストはブレーキ、断熱材、防音材などで学校、船舶、車両などに広く使用されてきました。
ブレーキ工場、解体業、造船業などの職業歴がある場合は、アスベストの曝露歴がある可能性があると考えられます。
また、以前は実験ビーカーの石綿付き金網にも使用されていましたので、規制されるまでは身近に存在するものでもありました。

石綿に関する健康管理手帳について

労働安全衛生法による石綿に関する健康管理手帳の交付要件から、アスベストについて職業曝露、環境曝露にわけて考えることが多いです。
職業曝露で要件を満たす場合は、6か月に1回、無料で健診を受けることができるため、下記に該当しうる方には申請をおすすめしています。

1)ただし、交付可否の判定は、申請者や病院ではなく、都道府県の労働局にて行われます

以下に交付条件です。

●健康管理手帳の交付要件(石綿に関する業務に従事していた方)
(1)両肺野に石綿による不整形陰影があり、または石綿による胸膜肥厚があること(直接業務または周辺業務が該当)
(2)下記の作業に1年以上従事していた方。(ただし、初めて石綿の粉じんに曝露した日から10年以上経過していること。)(直接業務のみが該当)
・石綿の製造作業
・石綿が使用されている保湿剤、耐火被覆材等の貼付け、補修もしくは除去の作業
・石綿の吹付けの作業又は石綿が吹き付けられた建築物、工作物等の解体、破砕等の作業
(3)(2)の作業以外の石綿を取り扱う作業に10年以上従事していた方。(直接業務のみが該当)

★当院では、交付要件を満たさないものの、石綿曝露歴があり、石綿曝露が考えられる陰影を偶発的に発見した場合、石綿健診に準じて医療保険で経過観察を行っていくことを提示しております。

(アスベスト健康被害救済制度について)

本邦では環境再生保全機構のアスベスト健康被害救済制度3)があります。
たとえ生存中に未診断であったとしても、この疾患が鑑別にあがる場合、病理解剖の結果といくつかの条件により救済措置制度の申請が可能であることを患者本人もしくは法的効力のある近親者へ説明しています。


<引用>
1)「石綿に関する健康管理手帳」の交付についてhttp://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/sekimen/techo/
2)第35回日本呼吸器内視鏡学会学術集会 P18-6 国立病院機構近畿中央胸部疾患センター
3)独立行政法人 環境再生保全機構 アスベスト(石綿)健康被害の救済
https://www.erca.go.jp/asbestos/medical/